2011年1月17日月曜日

16年目の1月17日

今日は阪神淡路大震災から16年目。

あるブログ(http://ameblo.jp/suzuki-ryohei/entry-10771153920.html#main)に触発されて、あの日のことをちゃんと書いておこうと思った。

当時は、兵庫県西宮市在住(中学2年)だった。

始まりは間近に雷が落ちたような地鳴りで、直後に揺れが来て停電、真っ暗な中で訳も分からずシェイクされてる感じだった。まさか地震とは思えず、2段ベッドの下に寝てる弟がものすごい勢いでベッドを揺らしてるのかと思い「○○止めろや!」とか叫んでしまったりもした(笑)。

揺れが収まった直後に父親から「○○公園に避難しろ!」と言われ、パジャマの上にコートを羽織り、弟と一緒に公園へ。近所の人達と夜明けを待った。やや明るくなると、知り合いもたくさん住んでいた高層マンションが倒壊しているのが見えて衝撃を受けた。

その後、車に避難。近所のローソンが店舗を開放して商品を配っていたので、食材(確かバナナ)を調達して朝食を摂った。当時は便乗値上げが話題になってたけど、ほとんどそんな店はなかったと思う(屋台みたいなんで来て、カセットガスボンベ一本五千円とか、おにぎり一個千円とかも見たけど…)。

幸運にもぼくには辛い思い出とかはほとんどない。同じ区画で亡くなった人がいたことも、生き埋めになった同級生(今はピンピンしてる:笑)がいたことも後で知った。ただ、あえて挙げると「水」。朝晩40リットルを弟と汲みに行くんだけど、それではお風呂はもちろん、トイレも小のときは流せない。復旧が本当に待ち遠しかった。

4年後に関西を離れ、今年であれから16年。帰省の度に街には新しいモンがどんどんできてる。エビスタ、アクタ、西宮ガーデンズ、挙げたらきりがない。慣れ親しんだ風景が変わってしまうことを寂しく思う人もいると思う。でも、ぼくは「変わった街」を誇りに思いたい。それは、被災した人たちのがんばり、全国(全世界)からの支援によって実現されたものだから。

亡くなられた方のご冥福を祈るのはもちろんだけど、今日までがんばってきた方々に「お疲れ様」、支援して下さった方々に「ありがとうございます」と言いたいなあ。

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